□三国志


◇三国志について語る

【9】 劉禅

 字は公嗣。蜀の二代皇帝にして蜀最後の皇帝。
 話はいろいろありますが、この人物はかなり酷い人物だったようです。後に愚
帝とまで言われていて三国時代の英雄たちを祭る廟に、今でも祭られていない人
物。蜀が滅びることになったのは直接は黄皓という宦官がこの劉禅をそそのかし
たことによると思うんですが、劉禅の人間観が孔明たちが苦労して建国した蜀を
瞬く間に崩壊へ歩ませたように思う。尤も、そうなるまでには孔明の後を継いだ
姜維の度重なる北伐、内政官の不足などによる国力の低下などもあると思います
が。
 三国時代のことを知る手がかりの一つとして陳寿の書いた伝記がありますが、
それを見る限りでも低評ですね。しかし、不思議なことに彼の皇帝在位期間とい
うのは223-263年なのですがこれは非常に長い。 一人の人間がいくら正式な王朝
ではないとは言っても40年間も在位しているというのは後の歴代王朝を見てもト
ップクラスです。ただ人材不足と言っても国が益州のみで小さかったことから一
概にどうとは言えないわけですが長いのは事実です。
 大衆に広まる噂なんてあまり信用のできるものでもないですが、後世、無能な
人間のこと=阿斗(劉禅の幼少期の名)と言われるようになっていることから人
間としては凡人、政務の才能はかなり低かったのだろうな。


 最終更新:2006/2/7